中国では古代から洗髪のための

豆を原料としてつくった洗い粉が使われていたり、額黄(がくおう)といって、額の生え際に黄粉をつける化粧が行われていたりした。

その原料は黄土ともオオカミの糞(ふん)であったともいわれている。

眉を剃(そ)り落として細く眉を描くため、眉墨は青色もあり、インジゴが原料であった。

これらは前1世紀ごろの前漢の時代にすでにみられた。また鉛から製したおしろいや、紅藍(こうらん)を原料とした頬紅(ほおべに)、口紅、目の縁に紅をさす化粧などや付けぼくろも使われていた。

そして唐の時代、7世紀から10世紀ごろまでに、いわゆる西域(せいいき)との交流が盛んになるにつれて、化粧の全盛時代を迎え、濃艶(のうえん)な厚化粧の傾向を増した。

いずれも化粧品の原料は、植物性のものや鉱物性のものが主であって、それが後の時代まで続いた。

化粧品は紀元前3世紀ごろの練り香入れが

大英博物館に所蔵されている事実から、化粧品はヨーロッパでもかなり古くからあったといえよう。

香ばかりでなく、ペイントを使って顔を彩っていたともいわれ、コールとよばれるアンチモンなどの眉墨(まゆずみ)で、瞼(まぶた)やまつ毛、眉毛を黒く塗り、紅でほおを赤くし、ヘンナで爪(つめ)も赤く染めていたという。

これらはギリシア・ローマ時代まで伝えられた。

ローマ皇帝ネロの后ポッパエア・サビナは、パンとロバの乳でつくったパックのような化粧品を使って、肌を白く柔らかく保つ方法を考案したといわれる。

これは中世のイタリアなどでは盛んであったが、16世紀前半のイタリア戦争以降フランスに渡って、貴族の間にも広まった。

17世紀に入って貴族の館(やかた)の居間がサロン化したため、肌の色も日焼け肌から色白が好まれるようになって、ローマでは、白いチョークか鉛白で肌を白く塗り、植物性染料の口紅を使った。

香水、香油のほか、そばかすを消すファロスのうわ塗り(ワニの内臓でつくったもの)などもあった。

美容・美白の言葉に弱い

ついつい、美容・美白の付いたコスメに、すぐに目が止まる。

メラニンの生成を抑える化粧品(美白化粧品)を用いる方法が一般的である。知っていましたか?

美白化粧品であることを公にうたうためには、厚生労働省に認められた美白有効成分が配合されている必要がある。美白有効成分には、主にアルブチン、コウジ酸が挙げられる。

やはり、ビタミンcも必要でしょう。

食事にも気を付けたいでーす。

会計事務所 インテリア ミラー